デザインとカラー

このページでは、デザインのためのカラーをいったいどのように考えたらいいのか、を考えてみます。ただし、ここに述べる内容は、あくまでも一般論です。というのは、カラーの考え方は、企画者個人によって、「自分流」が存在する世界だからです。


デザインと芸術の違い

デザインは芸術に近い部分もありますが、決定的に違うところがあります。デザインは多くの場合、不特定多数(あるいは特定多数、まれに、特定少数)を対象とした「商品」を美的表現の対象とする点です。カラーの設計を考えるとき、「ある量を前提としている」という点を先ず、念頭に置かなければなりません。ここが、多くの場合一品制作を行う芸術と決定的に違う点なのです。環境デザインというジャンルもあります。この場合は、不特定多数の人が利用する、ということを念頭に置かねばなりません。このように、ある特定の「量」を意識する、という点を強く意識しておかねばなりません。

それは、カラーにどのような関係があるのでしょうか。

それは、手間のかかるものは商品の価格に直結する、という単純な結論へとつながるのです。価格を左右するものは、材料費、人件費、流通コスト、広告費などてす。商品価値という言葉がありますが、一般的には、商品の価値は、次の単純な式で表されます。価値=(品質+情報性)/価格。つまり、品質を向上させても、価格が高くなってしまっては、その商品の価値はあまり上がらない、ということなのです。ですから、品質と情報性を高め、なるべく価格は上げないようにするカラー設計をしなければならない、ということになるのです。

現在の市場環境は、多くの分野で厳しい国際競争の直中におかれています。多くの企業では、製品の製造費(製造コスト)を1銭の単位で削減するという、し烈な価格競争の中でデザイン開発が行われているのです。皆さんが興味を抱く色彩のとても素敵な世界とは裏腹に、多くのデザイナーは、いかに価格を下げるか、という現実と直面しながら仕事をしているのが実状です。デザインにおけるカラー設計をどのようにとらえるか、それにはさまざまな発想がありますが、私自身は、次のように考えると分かりやすいと思います。

それは、「量」のための色と、「質」のための色を明確に区別する。ということです。

「量」のための色とは、たくさん売るための色ということです。直接的な表現を使えば、「儲けを生み出す色」ということになります。これに対し、「質」のための色とは、その商品の「情報性、審美性」を高める色ということです。情報性とは、流行とかブランドといったイメージやニュース性などです。また、審美性とは、色の美しさや、デザイナーの美的こだわりを、より強く反映した色といっていいでしょう。

量の把握と質の把握

このように考えると、まず「売れる」という色は非常に重要だということが分かります。なぜなら、売れるということは、商品の永続性や企業の繁栄につながるからです。そこで、売れる色の把握という作業が色彩にはついて回ります。街頭調査、モニター調査、展示会視察、店頭観察など、あるときはカラーコードを使い、あるときは写真をとったりしながら、またある時は営業報告を見ながら、刻々と変化する売れる色(売れ筋色)を週単位、月単位、季節単位、年単位で継続的に調べるという作業もあるのです。こうした地道なデータの蓄積が、企画の大きなヒントになる場合も少なくありません。皆さんは自分が関心を持っている商品分野の売れ筋色を把握していますか?デザインの色彩の場合には、自分の好きな色だけでは、プロとしての仕事はすぐに頭打ちになってしまいます。刻々と変化する売れ筋色は、ある意味で自分の発想を超えてしまう現象を示すこともあるからです。

質の把握と、情報性

次に、刻々と変化する色から自分なりの分析を加えて、その変化の本質を読み取らねばなりません。例えば、黒という色がなぜこんなに多いのか、なぜ80年代の初期はパステルカラーが売れたのか、これからはどんな色の表情があたらしいのか、等々、雑誌や新聞に頼るだけでなく、「自分の足と感覚」を頼りに考えてみなければなりません。この作業が、あなたらしい色の質を生み出す、といってもいいでしょう。悩むことです。色に悩むことは、さまざな「色」への好奇心を生み出してくれます。自然の色、人工の色、あなたの足元に散っている枯れ葉の色、旅行で出合った建造物の色、動物園や植物園で見た色・・・。ハッとさせられる瞬間にきっと出合うはずです。それを、「量」と「質」の両面から再び冷静に考えること。この繰り返しが、あなたの「色の引き出し」を豊かにしてくれるはずです。すると、色とは色単独ではなく、配色や素材のテクスチャなどと深く関わっていることに気づくことでしょう。例えば、黒い服は単に黒いのではなく、去年と今年の黒はこう違う、などと観察眼が鋭くなっていくと思います。そのとき、初めてあなたの中に「カラー」が定着するのです。「カラーの日常化」ができるのです。カラーの日常化とは、無意識に好奇心を働かせてカラーを観察するクセがついてしまった状態です。すると、周りはなんとカラーに溢れていることか、と感じるようになることでしょう。そのような状態を維持するのは、実は簡単ではありません。心身ともに健康でなければなりません。そして、いろいろな事物を見て感じる心のゆとりも必要ですから。暗い心からは、人を喜ばせられる色は生まれないかもしれません。まず、自分がいる。自分が感じる。それが原点ですから。

色の値段

カラーには値段があります。製造費という視点に立つと、このことも重要です。例えば布の染色の場合、濃い色は薄い色より高くつきます。塗料の場合でしたら、鮮やかな色や、濃い有彩色は白よりも高くつきます。また、一定の色がたくさん使えれば使えるほど、1品あたりのコストは軽減されます。国際商品の場合には、グローバルに商品を展開することで「量」を稼ぐメリットが生まれます。量が稼げることは、1品の単価が下がる、つまり良質な商品を安い価格で提供できるようになるのです。また、作り方が簡単であるほど、1品の価格は下がります。複雑な機械や人の手を煩わせるものほど高くついてしまいます。商品の色数が少ないほどコストはさがります。より美しいものをより安く、これが商品のカラーに課される大きな問題である場合が殆どです。ですから、色と形、色と組み合わせ、色と製造工程といったことも、すぐれたデザイナーは熟知しています。電気製品などの工業製品は、プラスチックや金属を一定の形に整形する「金型(かながた)」を使います。こうした型を作るだけでも億単位の投資が必要な場合も少なくありません。それなのに、作った商品が売れなかったらどうなるのでしょうか。1品の価格は想像を絶する値段になってしまいます。色の選択、組み合わせの選択、形の選択など、その一つ一つの工程に、極力無駄を生じない色や配色の選択がここでは重要になってくるのです。例えば車の内装部品は数百点に上ります。色のバリエーションを1つ増やすと、数百の部品がその影響を受けます。少ない色数で、美しい配色を生み出す工夫が、このような場合は特に必要になるのです。

情報とオリジナリティ

デザインという行為には、当然オリジナリティが必要です。言い換えれば、商品の個性。インダストリアル・デザインに携わる方々は、それを「プロダクト・アイデンティティ」などと言ったりしています。商品によって、そのデザインを個人で行うのか、グループで行うのかといった規模の違いはありますが、この個性、つまりオリジナルであること、それが現在の日本デザインに課された大きな命題です。もうコピーデザインを作る時代ではないはずです。しかし、現実にはコピー的な発想や、情報マニュアルに沿ったデザインが非常に多くあります。情報は指針です。オリジナリティは自分です。頼らず考える、という創造の原点に返らなければなりません。それには、自分で感ずること。ここに再び立ち戻っていきます。あるイタリアのデザイナーが云っていました。

「工場の周りには、美しい風景が広がっている。田舎だから、情報は少ないけどカラーは本当に豊かだ。私の工場で生み出される色は、本当はその自然からもらった色をアレンジしているんだ。だから、それが自然に私の働くイタリアの、そして私の色になっている、本当にそう思うのです。情報は、その色をアレンジする方法を教えてくれているに過ぎないのです。私にとってかけがいのない財産は、その豊かな自然なのです。自然は私の発想を超えることが多々あります。情報は確かに必要ですが、それを追うのは不毛です。なぜなら自分の蓄積が生まれません。デザイナーにとって必要なのは、創造のための美の蓄積だからです。情報の下部(しもべ)になるのではなく、自分や会社の創造的蓄積から、与えられた情報を再構成するのです。それが時代性を反映したオリジナリティを生み出す方法だと私は考えています。」